オルソケラトロジー・ガイドライン

オルソケラトロジー(orthokeratology)レンズは,就寝時装用することにより,起床時以降に良好な裸眼視力を提供する屈折矯正手段として用いられる.しかし,厚生労働省の承認を受ける以前から本レンズの処方が医師の裁量権のもとに行われ,一部で処方上のトラブルや合併症も散見されるようになっている.本レンズのレンズデザインは特殊であり,フィッティング原理,使用目的,使用方法なども従来のハードコンタクトレンズのそれとは異なるものである.オルソケラトロジーを有効かつ安全に行うためには,オルソケラトロジーレンズの正しい処方と使用方法の遵守がきわめて重要であるため,ここにガイドライン委員会および臨床試験施設委員会を立ち上げ,オルソケラトロジーレンズのガイドラインを策定した.今回の承認を受け,本ガイドラインが我が国におけるオルソケラトロジーの健全な発展に資することを関係者一同が望むものである.

2009年4月
日本コンタクトレンズ学会
理事長 大橋裕一

■オルソケラ卜口ジーガイドライン委員会

金井 淳(委員長), 糸井 素純, 大橋 裕一, 木下 茂, 澤 充, 下村 嘉一, 西田 輝夫


■オルソケラトロジー臨床試験施設委員会

吉野 健一(委員長), 上松 聖典, 高橋 浩, 高橋 義徳, 土至田 宏, 俊野 敦子, 平岡 孝浩,松原 正男, 宮本 裕子, 森 秀樹,門田 遊, 柳井 亮二

緒言

屈折異常の矯正手段として,日中活動時に眼鏡あるいはコンタクトレンズの装用が困難な場合,また,医学的あるいは他の合目的な理由が存在する場合には屈折矯正手術が検討の対象となる.しかし,手術療法を希望しない場合においてはオルソケラトロジーという選択肢もあり得る.オルソケラトロジーの適応は,屈折値が安定している近視,乱視とするが,処方者はオルソケラトロジーの問題点と合併症について十分な説明を行い,対象者が納得したうえで処方しなければならない.オルソケラトロジーレンズは,高酸素透過性素材を材料に作製されたリバースジオメトリーと呼ばれる特殊なデザインをもつハードコンタクトレンズ(以下, HCL)であるが,あらゆる点で従来のHCLとは異なる特徴をもつ.すなわち,

  1. 日中活動時の裸眼視力の向上をその使用目的とする.
  2. 可能矯正屈折度数の限界と処方可能年齢に制限がある.
  3. 角膜中心部がフラット,中間周辺部がスティープ,周辺部がパラレル(アライメント)となる特殊なフィッティング原理を有する.
  4. 日中の裸眼視力の向上を目的とするため,睡眠時の装用を繰り返すことにより屈折状態を変化させるが,使用を中止すれば元の屈折状態に戻る.
  5. 特殊なレンズ形状と睡眠時の装用である点で,より入念なレンズ管理を必要とする.

などの点が挙げられる.このような背景のもと,日本コンタクトレンズ学会では, 「処方者」,「適応」,「禁忌または慎重処方」,「インフォームド・コンセント」,「処方前スクリーニング検査」,「レンズ処方の留意点」,「処方後の経過観察」からなるガイドラインを作成した.日常臨床の一助として広く利用されることを期待する.また,医療は本来医師の裁量に基づいて行われるものであり,医師は個々の症例に最も適した診断と治療を行うべきである.日本コンタクトレンズ学会は,本ガイドラインを用いて行われた医療行為により生じた法律上のいかなる問題に対しでも,その責任義務を負うものではない.

ガイドライン

1.処方者

オルソケラトロジーによる屈折矯正は眼科専門領域で取り扱うべき治療法であり,日本眼科学会認定の眼科専門医であると同時に,角膜の生理や疾患ならびに眼光学に精通していることが処方者としての必須条件である.オルソケラトロジーレンズの処方に際しては,日本眼科学会の指定するオルソケラトロジーレンズ処方講習会,および製造・輸入販売業者が実施する導入時講習会の両者を受講し証明を受けることが必要である.


2.適応

オルソケラトロジーによる屈折矯正の長期予後についてはなお不確定な要素があること,正常な角膜に変化を与えることなどから慎重に適応例を選択しなければならない.


1) 年齢
患者本人の十分な判断と同意を求めることが可能で,親権者の関与を必要としないという趣旨から20歳以上とする.


2) 対象
屈折値が安定している近視,乱視の屈折異常とする.


3) 屈折矯正量

  1. 近視度数はー1.00Dから-4.00D,乱視度数は-1.50D以下を原則とする. 明確な倒乱視,または斜乱視については,十分に検討のうえ処方する.
  2. 角膜中心屈折力が39.00Dから48.00Dまで.
  3. 治療後の屈折度は過矯正にならないことを目標とする.

なお今後は,我が固における処方後成績の集積が不可欠であり,これらの結果をもとに適応および矯正量などについては再検討されるべきである. 特に,企業側が行う使用症例の市販後調査の成績収集に対して日本コンタクトレンズ学会は積極的に協力し,オルソケラトロジーの安全性と効果に対する評価を定期的に行うことが望まれる.


4) 眼疾患を有していない健常眼でかつ次の1,2であること.

  1. 角結膜に顕著なフルオレセイン染色がなく,シルマーI法試験にて5分間5mm以上であること.
  2. 角膜内皮細胞密度が2,000個/mm2以上であること.

3.禁忌または慎重処方

次のような患者は,処方の対象とはしないか,または慎重に処方するものとする.


1) 禁忌

  1. 前述の適応に適合しない患者.
  2. インフォームド・コンセントを行うことが不可能もしくはそれを望まない患者,あるいは取り扱い説明書の指示に従えない患者.
  3. 定期検診に来院することが困難な患者.
  4. 妊婦,授乳中の女性あるいは妊娠の計画がある女性.
  5. 円錐角膜の兆候あるいは他の角膜疾患がある患者.
  6. 免疫疾患のある患者(例えばAIDS,自己免疫疾患)あるいは糖尿病患者.
  7. コンタクトレンズの装用,またはケア用品の使用によって,眼表面あるいは眼付属器にアレルギー性の反応を起こす,または増悪する可能性のある患者.
  8. 前眼部に急性,亜急性炎症または細菌性,真菌性,ウイルス性などの活動性角膜感染症のある患者.
  9. 角膜,結膜,眼瞼に影響を及ぼす眼疾患,損傷,奇形などがある患者.
  10. 重症な涙液分泌減少症(ドライアイ)患者.
  11. 角膜知覚の低下している患者.
  12. 眼に充血あるいは異物感のある患者.
  13. 治療途中に車あるいはバイクの運転をする患者,または視力変化が心身の危険に結びつくような作業をする患者.
  14. 不安定な角膜屈折力(曲率半径)測定値あるいは不正なマイヤー像を示す(不正乱視を有する)患者.

2) 慎重処方

  1. ドライアイを起こす可能性のある薬物治療あるいは視力に影響が出る可能性のある薬物,抗炎症薬(例えばcorticosteroid)の投与を受けている患者またはその予定のある患者
  2. 暗所瞳孔径が大きな患者(暗所瞳孔径は4~5mmであることが望ましい).

4.インフォームド・コンセント

オルソケラトロジーに伴って発現する可能性のある合併症と問題点(後述)については十分に説明し同意を得ることが必要である. 特に,眼鏡や屈折矯正手術などの矯正方法が他に存在すること,オルソケラトロジー処方後に何らかの疾病で受診した場合,本処方の既往について担当医に申告すること,を十分に説明することが望まれる.


5.処方前スクリーニング検査

処方前には以下の諸検査を実施し,オルソケラトロジーの適応があるか否かについて慎重に評価する必要がある.

  1. 視力検査: 裸眼および矯正視力
  2. 屈折値検査: 自覚,他覚
  3. 角膜曲率半径計測
  4. 細隙灯顕微鏡検査
  5. 角膜形状解析検査(トポグラファー)(重要)
  6. 角膜内皮細胞数測定
  7. シルマーI法試験
  8. 眼底検査
  9. 眼圧測定
  10. 瞳孔径測定(明所,暗所)(任意)

6.レンズ処方の留意点

処方前には以下の諸検査を実施し,オルソケラトロジーの適応があるか否かについて慎重に評価する必要がある.

  1. 適切なトライアルレンズを選定したら,視力の改善,センタリング,角膜の状態を観察する. 不適切なフィッティングの場合には当日のレンズ引き渡しは行わない.
  2. 目的視力達成に至るまでの低矯正に対しては,使い捨てレンズにて対処する. その間,法的に一定以上の視力が必要とされる行為(車の運転等)は控えるように説明する.

7.処方後の経過観察

翌日には必ず細隙灯顕微鏡による観察を行い,異常をチェックする. その後も必要に応じて経過観察するが,スクリーニング検査で挙げた項目については経時的に評価すべきである. 処方後3か月ごとのフォローアップは必須で,一般検査の中で長期経過を見守る必要がある. また,オルソケラトロジーには,以下の合併症と問題点が知られており,これらについても適切に対処,または観察する必要がある.

  1. 疼痛
  2. 角膜上皮障害
  3. 角膜感染症
  4. アレルギー性結膜炎
  5. ハロー・グレア,コントラスト視力の低下
  6. 不正乱視
  7. iron ring
  8. 上皮下混濁

なお,考えうるトライアルレンズの変更を試みても効果不良な患者に対しては,治療を長引かせることなく治療を断念することも必要である.


最後に,本ガイドラインは,本レンズが厚生労働省の承認を得たのちに蓄積される臨床データを解析することにより,再検討するものである.

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