ごく簡単に言えば、ハードコンタクトレンズが角膜中央部をやや平坦化し、結果として近視が一時的に減少する、ある意味では副作用に着目した近視治療です。通常は一晩就寝時のみ装用し、翌朝外します。順調に行われたオルソケラトロジーでは、一日、症例によっては一晩装用しなくとも二日間、近視軽減効果が続きます。
弱点は軽度から中等度近視までしか理論的にも、実際にも、矯正できないこと。装用を止めれば数日でほとんど効果が消失することです。長所は逆に止めれば原状に復帰できること、コンタクトレンズ管理と経過観察さえしっかり行えば重篤な副作用は生じにくいことです。中国で何名もの角膜潰瘍と、これに伴う永続的な視力喪失のトラブルが生じましたが、これはレンズ管理の不衛生さと、一部でニセものオルソケラトロジーレンズが使用されたためと言われています。
現在のところ保険診療として認められておらず、オルソケラトロジーレンズ自体、医療用具としての審査、承認を受けていません。したがって自費診療となり、保険診療をしている医療機関で行うと、混合診療になってしまうという問題が生じます。
また、治療材料(あるいは医療用具)としてのオルソケラトロジーレンズの販売、効能の宣伝は薬事法に違反します。治療の一環として使用することはできますが、コンタクトレンズそのものの対価を取ると、未承認医療器具の販売(=薬事法違反)と言うことになります。処方箋発行であればあるいは合法かも知れませんが、今度は処方箋を受け取ってコンタクトレンズを販売する業者が違法になります。
もちろん、医療機関が「オルソケラトロジーという治療を行う」という診療内容を広告することもできません。診療報酬は自費として請求し、レンズ代も医療機関が請求することになります。このレンズの取り扱いは医師の裁量のもとで行われるため、トラブルが生じた場合には処方した医師が責任をとらなければならないでしょう。患者へのインフォームドコンセントを充分に行った上で取り扱わなければなりません。
日本で行われている「就寝時装用」オルソケラトロジーレンズとして、米FDA(厚生労働省に相当)が認めているのはパラゴン社の4種のレンズのみで、2002年夏に承認(FDAのpdf形式文書ファイル)されました。それまでに承認を受けたのは、日中装用のオルソケラトロジーレンズのみです。また、このパラゴン社のオルソケラトロジーレンズは、2002年末の時点で、個人輸入レベルでも日本には出荷されていません。
米FDAの承認の有無と、日本の医師が裁量権下で治療に使うことの是非とは、また違う問題です。ただ、米FDAがすべてのオルソケラトロジーを承認したという錯覚を招く広告も見かけますので、表現には注意が必要でしょう。
オルソケラトロジー自体は、適応となる症例に対象を絞り、熟練した医師が適切な経過観察と処方の元に行えば、効果が期待できる治療法だと思います。現在多く見られる、営利目的の不適切なオルソケラトロジーの先行によってトラブルが多発し、オルソケラトロジー自体への公平な評価と将来の可能性が損なわれてしまうことを、深く危惧します。
(2002年 大阪市北区医師会 メーリングリストへの投稿文に加筆)
参考:薬事法 (承認前の医薬品等の広告の禁止)
第六十八条 何人も、 第十四条第一項に規定する医薬品又は医療用具であつて、 まだ同項(第二十三条において準用する場合を含む。)又は第十九条の二第一項の規定による承認を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。
(昭五四法五六・昭五八法五七・一部改正)